雪国SEのひとりごと

愚痴ったり、メモったり、その他色々。人生は永い。焦る事は無い。人生前向きに考えると、きっといいことがあるよ。
【重要】当ブログの記事にて生じたいかなる損害について保証いたしません。

ゆれくるコール

緊急地震速報を通知する端末が多すぎるのも困惑する。

 2017年(平成29年)9月27日5時22分に発生した地震で、気象庁は緊急地震速報を発表しました。
平成29年09月27日05時22分11.2秒 緊急地震速報の内容
 私が住む青森県青森市は、青森県津軽北部に該当する為、第2報の時に発表された内容に基づき、緊急地震速報に対応する端末が一斉に鳴り出しました。
  • iPhone(iPhone 6 Plus/iPhone SE)
    iOS標準の緊急速報(緊急地震速報の通知音)
    ゆれくるコール(震度3以上はNHKの音)
    Yahoo!防災速報(震度4なのでREIC)
  • Androidタブレット(SIMフリー版ZenPad 8.0)
    Yahoo!防災速報(震度4なのでREIC)
  • ソフトバンクガラケー3台
    緊急速報(緊急地震速報の通知音)
 上述した6台の端末が一斉に同じタイミングで鳴りだしたものですから、只事では無いという事は察知しました。(まだ寝ている時間帯だったので、その音で目覚めた)。しかし、各通知の音がバラバラで、最初は一般向け緊急速報ではなく、高度利用者向け緊急地震速報の通知と思ったのです。それらの音の中から、緊急地震速報の通知音(ブイブイブイ)が聞こえたので、一般向け緊急地震速報が発表されたのだと認識できました。
 この認識の遅さが命取りになる可能性も否定できませんので、適切な通知となるよう、各アプリの設定をする必要があると実感しました。

東北地方太平洋沖地震発生時の私

2011年3月11日。時刻は14時43分くらいだったかな。トイレへ行く。
いつものように職場にいて、もちろん地震が発生するなど予想しない。

少々汚い話になるが、地震発生時はトイレ個室にて用足ししていたのだ。

トイレ個室にいる時、iPhoneにインストールしている「ゆれくるコール」が突然バイブと共にアラート表示。
震度3以上でアラートが出るように設定しているので、ごく僅かなものだと思っていた。

ところが、何度も何度も通知が来る。予想最大震度が後発のアラートの方が大きいではないか。
これはただ事ではないと直感した。すぐさま用足しの後始末をして揺れが収まるのを待ったが、その揺れがなかなか収まらない終わらない。
そうこうしているうちに職場建物が停電。用足ししたブツが流れないではないか。

ただ、いつまでも個室にとどまっているわけにはいかないので、たまたま館内掃除の人にブツが流れませんと伝えその場を後にする。

自席のある島では私を探していたようだ。フロア防災責任者が安否確認を実施していた。
トイレにいた旨を伝え、件を話したら笑い話で済んだの不幸中の幸いだと思う。

とりあえずサンダルから靴に履き替えて背広上着を着用。いつでも逃げられるようにする為だ。
すぐさま家族に電話したが、何度発信してもつながらず、とりあえずは埼玉の実家に電話。
通話回線は混み合っているだろうと通信回線でIP電話を利用しての通話。何度かダイヤルしてようやくつながったので無事を伝える。次は家族だ。
何度発信しても話し中。規制しているのか本当に話し中なのかは不明だ。

館内停電となり、帰宅する雰囲気が漂ってきた。
停電になってはいたが、ノートPCはバッテリーで起動していたのでとりあえずiPhoneと携帯電話の充電をしていた。
そうこうしているうちに再び余震と思われる地震が発生。駐車場へ避難指示が出る。

小雪が舞う中、点呼を実施。全員の無事が確認された。
が、仙台にある営業所とは連絡が取れないとの事、あらためてことの重大さに気付く。

電気が復旧しないのでそのまま帰宅しても良い事となった。
いったん社内に入り、ノートPCのバッテリーの余力で可能な限り携帯電話の充電を行う。

そして帰路。信号機が各地で停電。職場から道はいたるところで渋滞し、交差点ではとにかく譲り合いだった。そんな状況の中、なんとか無事に帰宅した。嫁の実家に行き、様子を伺う。

義母らは無事。嫁は小学生の姪を小学校まで迎えに行っているとのこと。
私はスーツだったのでいったん着替えるために自宅に戻る。自宅に戻ると小学校から戻った妻がいた。
自宅に入る前に子供たちを保育園まで迎えに行く。
既に保育園には多くの親御さんたちが子供たちを迎えに来ている。

子供たちも無事に迎えられ、我が家は全員がそろった。

夕方、だんだんと日が落ちて暗くなっている。停電のまま。
ガスは生きていたので、完全に暗くなる前に早めの夕食とした。

そうしているうちに義父が仕事から戻る。充電式のランタンなどを用意し、携帯ラジオを準備。

余震が何度も来る中、とりあえず就寝。が、熟睡できるわけがない。

終夜ラジオはつけっぱなし。途中何度か緊急地震速報が鳴ったが誤報だったようだ。
ただ、余震は何度か発生して、その都度目が覚めてしまった。

気が付いたら窓の外が薄明るくなってきた。夜明けだ。被災地ではどんな夜明けを迎えたのだろう。
朝を迎えても未だに停電が続いているが、ガスと水道は生きてるのでそれで何とか朝食とする。

3月13日(日)の夕方に電気が復旧した。復旧したと同時にテレビを点ける。
テレビを点けて最初に移ったのは……。
街が丸ごと無くなっているではないか。街が燃えているではないか!
津波が全てを奪った……。被災状況をテレビを通じてあらためて見る。

電気が復旧したその日の夜は1日ぶりの入浴となった。とても暖かく、気持ちよく感じたよ。

青森市は大きな被害は無かったが、八戸市では津波の被害があった。

被災地が少しでも復興するよう、我々は被災者の方々の分まで働き、経済を生かすべき。
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